「サラシア」の免疫調整作用のメカニズムを遺伝子発現レベルで確認アレルギーの抑制や感染症への抵抗力向上などが期待
Scroll Down
富士フイルム株式会社(社長:古森 重隆)は、糖の吸収抑制の効果があることで知られる「サラシア」の免疫機能に及ぼす影響について、東京大学(阿部 啓子教授)と共同研究を行い、サラシア抽出エキスの摂取により回腸*1上皮細胞において免疫関連遺伝子の発現が高まるという、「サラシア」の腸管免疫系*2における免疫調整作用のメカニズムを新たに見いだしました。免疫力が適切に調整されることで、花粉症などのアレルギー抑制やインフルエンザなどの感染症への抵抗力向上に繋がります。今回の研究成果により、「サラシア」の新たな応用が期待されます。
本研究内容を、平成21年5月22日、第63回日本栄養・食糧学会大会にて発表いたします。
*1 小腸の一部で大腸(結腸)に続く部分の名称。特に回腸下部には腸管免疫に関係するパイエル板が多数存在します。
*2 小腸は、食物に含まれる栄養素を吸収するという機能の他に、体内に侵入してきた異物を認識して排除したりする免疫機能を備えています。これらの免疫機能を担っている器官は、腸管に存在する(1)パイエル板、(2)小腸上皮細胞とそこに存在する腸管固有リンパ球、(3)粘膜固有層とそこに存在する粘膜固有リンパ球で、これらの免疫器官で腸管免疫系を構成しています。
サラシアとは
インドやスリランカなど南アジア地域に自生するデチンムル科のサラシア属植物(Salacia reticulata、Salacia oblonga)の総称で、インドに古くから伝わる伝承医学(アーユルヴェーダ)においては糖尿病治療に使用されてきました。最近では、サラシア抽出エキスに含まれるサラシノール、コタラノールが、オリゴ糖の分解を促進する酵素(α-グルコシダーゼ)の活性を阻害することが確認されており、サラシア抽出エキスを摂取することで、小腸での糖の吸収が抑制され、血糖値上昇を抑える効果があることが明らかになっています。
研究の背景
当社はこれまで、サラシア抽出エキスを摂取することで、腸内有用細菌が活性化され、腸内の腐敗産物やアンモニアを減少させるなどの腸内環境改善の効果があることを実証しています。今回はさらに、小腸における免疫機能(腸管免疫系)に注目し、回腸上皮細胞の遺伝子発現と腸内フローラ*3の解析により、「サラシア」の免疫機能へ及ぼす影響を調べました。
*3 腸内細菌叢。健康な人の腸内には100種を超える、総数で約100兆個の腸内細菌がバランスを保って住みついています。特に小腸の終わり(回腸)から大腸にかけては、腸内細菌が種類ごとにまとまりを作ってびっしりと敷き詰められ生息している状態なので、「花畑」にたとえて「腸内フローラ」と呼ばれています。腸内フローラは食習慣、年齢、ストレスなどにより変化し、バランスが崩れると病気やアレルギーの原因にもなるとされています。
今回見いだしたサラシア免疫調整作用のメカニズム
当社は、写真感光材料の開発研究で長年にわたり蓄積してきた多彩なコア技術をベースにヘルスケア分野へ事業参入し、「サラシア」については、当社独自の技術で高濃度に抽出・安定化することに成功しています。今後も引き続き、サラシアの有用性を追求し、商品化を進めてまいります。
<具体的な実験方法および結果>
実験方法
生後6週齢のオスのラットを、1週間の予備飼育後、2つのグループに分け、一方のグループ(サラシア抽出エキス投与群)には、注射用水にて濃度調整したサラシア抽出エキス(20mg/kg)を、もう一方のグループ(対照群)には注射用水のみを、1日1回、13週間経口投与しました。投与終了後、回収した糞便からDNAを抽出し、T-RFLP法*4を用いて腸内フローラを解析しました。また、回腸上皮細胞よりRNAを抽出し、DNAマイクロアレイ*5を用いて遺伝子発現解析を行いました。
*4 Terminal Restriction Fragment Length Polymorphism法。腸内フローラのプロファイリングを高感度かつ簡便に行う方法。
*5 小さな基板上に数千個から数万個のDNAを高密度に配置した分析器具。多くの遺伝子の発現量を一度に網羅的に解析できる。
結果
(1) 回腸上皮細胞において、免疫関連遺伝子の発現が高まることを確認
サラシア抽出エキス投与群の回腸上皮細胞で発現が変動した遺伝子は348種あり、それを発現増加群(237種)と発現減少群(111種)に分け、さらに各遺伝子を生物学的機能に応じて分類したところ、多数の免疫関連遺伝子を含む生体防御関連遺伝子の発現が増加していました。発現が増加した遺伝子は、抗原の認識に関与する遺伝子、細胞性免疫に寄与するTh1細胞*6に関連する遺伝子、アレルギーなどを引き起こすIgEの産生抑制に関連するとされる遺伝子でした。これらは、Th1細胞に含まれる遺伝子か、もしくは免疫系の中でTh1細胞に影響を受ける遺伝子です。
*6 体内の免疫機能は「細胞性免疫」と「液性免疫」という2つの仕組みにより成り立っています。この両者はシーソーのように、一方の働きが強くなるともう一方は抑制される相反関係にあることが知られています。このバランスは、Th1細胞とTh2細胞という2種類のヘルパーT細胞が調整しています。Th1は細胞性免疫を促進し、Th2は液性免疫を促進します。Th1/Th2のバランスが崩れ、Th2へと傾くとアレルギー、Th1へ傾くと自己免疫疾患になりやすいといわれています。現代人に多い花粉症などのアレルギーの場合はTh1よりもTh2が優位な状態なので、Th1細胞優位の状態に引き戻すことがアレルギーの予防や改善につながると考えられています。
(2) 腸内フローラ(腸内細菌叢)が変化し、腸内において免疫機能を高める働きがあるバクテロイデス門の割合が増加していることを確認
サラシア抽出エキス投与群の腸内フローラは、サラシア抽出エキスを投与していない対照群のそれらとは異なったプロファイル(菌の数と種類の傾向)を示しました。対照群はラットの個体ごとに腸内フローラのプロファイルが大きく異なっていたのに対し、サラシア抽出エキス投与群の腸内フローラのプロファイルはいずれも類似しており、サラシア抽出エキスの摂取により腸内フローラが一定のパターンに調整されていくことが示唆されました。この腸内フローラの変化は、サラシア抽出エキスに含まれるサラシノール、コタラノールがα-グルコシダーゼの活性を阻害し、小腸内で分解が阻害されたオリゴ糖が、吸収されずに大腸へ到達することで善玉菌が活性化され、腸内細菌のパターンを変化させたものです。また、腸内細菌のグループ分類で見ていくと、腸内においてアレルギー抑制に関係する細胞性免疫機能を高める働きがあるバクテロイデス門の割合が正常の範囲内で有意に増加していることが明らかになりました(図1参照)。
(1)(2)の結果から、サラシア抽出エキスの摂取によって、小腸での糖の吸収が抑制され、オリゴ糖が大腸に届くことで、腸内フローラが一定のパターンに変化し、腸管免疫系をとおして、回腸上皮細胞で免疫に関連する遺伝子の発現が増加。その遺伝子の指令で合成されるたんぱく質によって免疫が調整されるという、「サラシア」の免疫調整作用のメカニズムを確認することができました。