ココ・シャネル
1883年に救貧院で生まれる。1910年にパリに帽子店を開店。1912年にドーヴィルにブティックを開く。パリでモード帝国を築き、実業家として活躍する他、芸術界のパトロンとしても君臨。1921年には香水「シャネル N°5」を発表。1971年に87歳で死去。
ART
2022.10.28
©Granger Collection / Cynet Photo
絵画に描かれた美しい人々、装い、ヘアメイクの中には現代を生きる私たちの美の感性を刺激するヒントがたくさんあります。
今回は、新たなモードを生み出したココ・シャネルに迫ります。
1883年に救貧院で生まれる。1910年にパリに帽子店を開店。1912年にドーヴィルにブティックを開く。パリでモード帝国を築き、実業家として活躍する他、芸術界のパトロンとしても君臨。1921年には香水「シャネル N°5」を発表。1971年に87歳で死去。
シンプルで洗練されたシルエットのジャージードレスや、リトル・ブラック・ドレス。第一次世界大戦後、女性の社会進出が進んでいた時期に活躍したシャネルは、女性たちをコルセットと装飾過多で丈の長い従来のドレスから解放する機能的なファッションを生み出し、多くの女性たちから支持を得ました。
孤児院で育ち、お針子だったシャネルは、知り合った上流階級の恋人たちから資金を得て帽子店を開きました。それが評判を呼び、リゾート地のドーヴィルにブティックを開店したのです。定番となった「マリンルック」はそこで生まれました。やがてパリに本拠地を構え、一大モード帝国を築きます。
©Alamy / Cynet Photo
「ファッションはアートではなく仕事」という信念の彼女は、時代とともに変化する女性たちのライフスタイルにマッチした、着心地がよく、丈の短いドレスを生み出します。また、恋人パヴロヴィチ大公からはロシア文化や真珠、やはり恋人のウェストミンスター公爵からはカーディガンやツイードなどの英国文化などを学び、取り入れました。フェイクパールを使用し、「ジュエリーは特別な場面のために取っておくのではなく、普段使いするもの」という考えを広めたのも彼女です。
シャネルは、新しい美のスタンダードを生み出したといっても過言ではありません。働く女性にとって着心地がよく美しいシャネルのモードは、現代も憧れであり続けています。
©Alamy / Cynet Photo
1926年に発売されたリトル・ブラック・ドレス。当時、黒は喪に服す際に着る色とされていましたが、シャネルは黒を日常的に身につけるにふさわしい色と考え、昼間用とイヴニング用の両方に用いました。さらに、シンプルでモダンなカット、短めの丈は機能的でありながら女性の持つ美しさを引き立てる究極のエレガンスで、それまでの価値観を覆しました。
Text:森 菜穂美