ART

2022.06.24

謎めいた官能美のモデル
マン・レイ「ヴェールをかぶったキキ」

謎めいた官能美のモデル

©広島県立美術館

絵画に描かれた美しい人々、装い、ヘアメイクの中には現代を生きる私たちの美の感性を刺激するヒントがたくさんあります。

今回はモデル、キキ・ド・モンパルナスの魅力を取り上げます。

MODEL

キキ・ド・モンパルナス

本名アリス・プラン。1901年にブルゴーニュの貧しい家に私生児として生まれ、12歳でパリへ。モデルとしてさまざまな画家や作家と交流し、時代の花となる。21年にマン・レイと出会う。別れた後は波乱に富んだ人生に。53年に亡くなり、モンパルナス墓地に葬られた。

大きな瞳に愛嬌のある鼻、ふくよかなヒップを持つ、官能的な魅力のミューズ

1920年代のパリ。“モンパルナスの女王”の異名をとったのが、キキ・ド・モンパルナスです。冒険と刺激を求めてパリに出たのち、パリの日本人画家、藤田嗣治が彼女をモデルに描いた裸婦像が大評判を呼び、一躍有名人に。モディリアーニ、ユトリロ、コクトーなどの画家たちのミューズとしても知られた彼女は、21年に米国からパリに渡った写真家のマン・レイと出会い、熱烈な恋に落ちました。


キキが輝いたパリ・モンパルナスの街並み

©Spectrum / Cynet Photo

▲キキが輝いたパリ・モンパルナスの街並み。現在もなお、芸術家が集う街である。

古典的な美人ではありませんでしたが、大きな瞳、愛嬌のある幅広の鼻、ふくよかなヒップが官能的で、小粋な魅力の持ち主でした。自分の魅力に自覚的で、その肉体の美しさを大胆に解き放ち、画家たちのインスピレーションの源となりました。マン・レイは彼女のヌード写真を多く撮影していますが、中でも彼女の後ろ姿を楽器に見立てた「アングルのヴァイオリン」は写真史に残る傑作です。

夢見るような謎めいた視線が、名写真家の心をつかんだ

「ヴェールをかぶったキキ」では、夢見るような視線をカメラとは違うところへ向けているのが印象的です。写真のモデルを務めるとき、キキはしばしば視線をそらし、写真家が求めるものを意識していないように見せていました。謎めいた雰囲気作りもまた、彼女の個性でした。


自身も芸術的センスに優れ、絵を描き、歌を歌っていたキキでしたが、29年にマン・レイと別れた後は運命が暗転し、52歳の若さで亡くなります。

しかし、彼が撮った官能的な魅力は、今なお永遠の輝きを放っています。

美への影響

20年代を象徴するボブヘアとランジェリールックが特徴

20年代を象徴するボブヘアとランジェリールックが特徴

©Spectrum / Cynet Photo

ショート・ボブは1920年代に流行しましたが、1920年の肖像画では、いち早くこの髪型を取り入れたキキの姿が描かれています。マン・レイがキキの眉を剃り、色や形を変えて描き直し、まぶたも塗りました。ドレスは透けたものを好み、ガーターベルトとタイツ姿で、ランジェリールックの先駆けに。華やかさとモダンな雰囲気、美に挑戦するミューズでした。